
- 近年の土地家屋調査士試験が「難化した」と言われる本当の理由
- 17年分の出題データから見る傾向(計算・実務・読解)
- 独学でも「初見問題」に対応するための具体策
「最近の土地家屋調査士試験は難しくなった」
これから受験を考えている方や、独学で勉強を始めたばかりの方から、よくこのような相談を受けます。
結論から申し上げますと、合格率自体は8〜9%で推移しており、数字の上では変わっていません。
しかし、現役の調査士として近年の問題を分析すると、明らかに「合格に必要なスペック(能力)」が変わっていることは間違いありません。
一言で言えば、昔のような「丁寧な作図」よりも、「圧倒的な事務処理能力(スピード)」と「現場対応力」がないと、土俵にすら上がれない試験になっています。
本記事では、現役の土地家屋調査士である筆者が、直近17年分の出題傾向と実体験データを踏まえ、独学のテキスト学習だけでは陥りやすい「罠」について解説します。
「最近の試験は難しくなった」という噂は本当ですが、正しくは「求められる能力が変わった」だけです。
古い勉強法では通用しない現代の試験において、
合格するために必須な「3つの変化(計算・実務・読解)」と対策法を、現役プロの視点で解説します。
なぜ「難化した」と言われるのか?合格率の裏にある真実
まず、前提として近年の合格率は例年8〜9%程度で安定しています。しかし、ここには数字には表れない「競争の質の変化」があります。
最大の要因は、「複素数計算の普及」です。
一昔前までは、複素数(関数電卓の特殊機能を使った計算手法)は「知る人ぞ知る裏技」のような扱いでした。しかし現在は、予備校やネット情報により「使えて当たり前」の技術になっています。
受験生全体の計算レベルが上がった結果、出題者側はどうしたか?
「そんなに簡単に解けるなら、計算量をもっと増やしてやろう」
このように対抗してきたのです。つまり、現在は「複素数を使ってもギリギリ終わるかどうか」というレベルの膨大な計算量が課されるようになっています。
【現役プロが分析】近年の出題傾向にある「3つの変化」
では、具体的に試験のどこが変わったのか?近年の傾向には明確な3つの特徴があります。
1. 計算量の増加と「複素数前提」の出題
先ほども触れましたが、現在の試験において複素数は「チート技」ではなく「標準装備」です。
土地の計算問題では、従来の「正弦定理・余弦定理」などを一つずつ組み立てる解き方では、物理的に時間が足りない(解ききれない)ケースが増えています。
【実話:複素数を知らなかった知人の話】
私の知人に、3年連続で試験に落ち続けていた受験生がいました。
彼は先代(父親)の事務所を継ぐ予定で、引退を急ぐ先代から「早く受かれ」と相当なプレッシャーをかけられていました。
彼から相談を受けた際、計算方法を聞いて驚きました。彼は真面目に、テキストに載っている「従来の計算式」で解いていたのです。複素数の存在すら知りませんでした。
私が複素数モードの使い方と、その圧倒的な速さを教えたところ、彼はその年の試験であっさり合格しました。
彼は今、無事に跡を継ぎ、立派な土地家屋調査士として経営者をしています。「あの時、複素数を知らなかったら今頃どうなっていたか…」と本人も言っていますが、これが試験の現実です。
また、計算量が多すぎるため、一般的な関数電卓ではメモリー数が足りなくなることさえあります。これから電卓を用意する方は、メモリー機能が豊富な機種(Canon F-789SG一択です)を選んでください。
2. 「組み合わせ」と「実務寄り」のひっかけ
最近の問題は、シンプルな「地積測量図を作成せよ」といった問題はほとんど出ません。
- 複雑な組み合わせ:「滅失登記」+「表題登記」を同時に処理させるなど、パズルのような思考力が求められます。
- 実務的な知識:例えば「所有権証明書を添付する」と書くのは簡単ですが、「具体的にどの書類がそれに当たるか?」を選ばせるニッチな問題が出題されます。
私は実務経験8年以上ありますが、実務を知っていると問題文の状況がスッと頭に入ってきます。逆に言うと、問題文自体が「実務を知っている人向け」の書き方になっているのです。
実務未経験の方(特に独学の方)は、この「現場の空気感」を掴むのが難しく、重要な論点を見落とすリスクがあります。
3. 記述式における「読解力」重視
計算だけでなく、「国語力」も試されています。
- 建物:問題文が長文化・複雑化しており、不動産登記法の正確な知識がないと読み解けない(足切りにかかる)構成になっています。
- 土地:形状が極端に複雑で立式が難しいか、あるいは立式は簡単でも計算量が異常に多いか、どちらかのパターンで攻めてきます。
どちらにせよ、「申請書を2枚書かせる」などして物理的に時間を奪いにくるのが近年のトレンドです。
論より証拠:記述式の出題傾向(過去17年分)
私が分析した過去17年分の出題データをご覧ください。「単調な問題」がいかに少なくなっているかが分かります。
【建物】記述式の出題内容
| 年度 | 記述式の出題内容 |
|---|---|
| 平成21年度 | 建物表題 |
| 平成22年度 | 建物合体 |
| 平成23年度 | 建物表題部変更(附属建物は区分) |
| 平成24年度 | 区分建物表題(代位) |
| 平成25年度 | 建物表題部変更(主の取り壊し)+建物表題 |
| 平成26年度 | 区分建物変更(敷地権抹消)・建物表題(共用部分の規約廃止)・建物表題部変更・合併 |
| 平成27年度 | 建物区分 |
| 平成28年度 | 建物表題部変更(構造変更、増築) |
| 平成29年度 | 建物表題部変更(主の種類変更・附の新築) |
| 平成30年度 | 建物合体 |
| 令和元年度 | 区分建物表題 |
| 令和2年度 | 建物滅失登記・建物表題登記 |
| 令和3年度 | 建物区分 |
| 令和4年度 | 建物表題部変更(附→主へ合体・附の新築) |
| 令和5年度 | 区分建物表題部変更・区分合併登記 |
| 令和6年度 | 建物表題 |
| 令和7年度 | 建物表題部変更(主の取り壊し)+建物表題部変更(附の取り壊し・新築) |
上記は過去17年分の出題内容です。ご覧のとおり、「建物表題部変更登記」が頻出の傾向にあります。
「表題登記」単体の出題もありますが、その場合でも変更登記が絡むような複合パターンが多いのが特徴です。
また、区分建物は数年に一度のペースで出題されます。区分建物は通常の建物よりも構造が複雑なため、例年、区分が出た年は全体の合格点(平均点)が下がる傾向にあります。
【土地】記述式の出題内容
| 年度 | 記述式の出題内容 |
|---|---|
| 平成21年度 | 地目変更+分筆 |
| 平成22年度 | 分筆(相続) |
| 平成23年度 | 表題 |
| 平成24年度 | 合筆 |
| 平成25年度 | 一部地目変更・分筆 |
| 平成26年度 | 分合筆(共有) |
| 平成27年度 | 一部地目変更・分筆 |
| 平成28年度 | 分合筆 |
| 平成29年度 | 地積更正・分筆 |
| 平成30年度 | 一部地目変更・分筆 |
| 令和元年度 | 地積更正・分筆 |
| 令和2年度 | 分合筆 |
| 令和3年度 | 分筆(代位・相続) |
| 令和4年度 | 一部地目変更・分筆 |
| 令和5年度 | 地目変更・合筆 |
| 令和6年度 | 分筆 |
| 令和7年度 | 分筆 |
土地に関しては、圧倒的に「分筆登記」の出題頻度が高いです。
表を見てわかるとおり、単なる分筆だけでなく「地積更正+分筆」や「一部地目変更+分筆」など、他の登記と組み合わせるパターンが基本となっています。
独学のテキスト学習だけでは「詰む」理由
独学で頑張る方を否定するつもりはありませんが、市販のテキストだけで学習していると、どうしても対応できない壁がいくつかあります。
① 民法の「出る範囲」が分からない(玉石混交)
「民法は宅建のテキストで勉強すればいい」という話を聞きますが、これは半分正解で半分間違いです。
宅建の民法には、土地家屋調査士試験では出ない論点(債権など)が多く含まれています。調査士試験の民法は、実務に関連する「総則・所有権・相続」の3分野に圧倒的に偏っています。
この取捨選択を間違えると、出ない分野に時間を費やすことになります。
② 「説明しなさい」系問題の対策不足
近年、「筆界特定とは何か説明せよ」「区分建物の定義を述べよ」といった記述(論述)問題や穴埋め問題が定着しています。
これらは出題範囲がバラバラで対策しにくく、しかも国語力が必要です。
過去問の丸暗記では対応できないため、基礎知識をがっちり固めておく必要があります。
③ 調査士法を捨ててしまう
「たまに出ない年があるから」といって調査士法を捨てる人がいますが、これはNGです。
調査士法は範囲が狭く、問題も簡単だからです。難問の2.5点も、簡単な調査士法の2.5点も価値は同じ。ここは確実に拾うべきポイントです。
2026年合格への対策戦略「初見対応力」を磨け
では、難化した試験に対応するにはどうすればいいのか?
重要なのは、「見たことがない問題(初見問題)」への対応力を磨くことです。
民法は深入りしない
民法は「過去問レベル2問+変化球1問」という構成が多いです。この「変化球」のために膨大な範囲の民法を網羅するのは非効率です。民法は頻出分野(総則・物権・相続)で切り上げ、記述式の対策に時間を使いましょう。
「答練・模試」で最新トレンドを浴びる
これが最も確実な対策です。
予備校の答練(答案練習会)や模試は、プロの講師たちが「今年の出題傾向」を分析して作っています。
私は受験生の時、「合体の登記なんて今年は出ないだろう」と高を括って後回しにしていました。
しかし、その年の本番で見事に出題されたのです。試験中に血の気が引いたのを覚えています。
後日、同じ年に受けた知人に話を聞くと、彼は「予備校の答練でバッチリやってたから余裕だった」と言っていました。この時、独学の情報量の限界を痛感しました。
「独学だから予備校は関係ない」ではなく、「独学だからこそ」答練だけは受けて、最新の武器を手に入れておくべきです。
失敗しない「答練・模試」の選び方
まとめ:今の試験は「情報戦」です
ここまで読んで「やることが多すぎる」と感じた方もいるかもしれません。
ですが、近年の土地家屋調査士試験は、やみくもな努力では絶対に突破できません。
近年の土地家屋調査士試験は、才能や地頭の良さだけで受かる試験ではありません。
「正しい道具(複素数対応の電卓)」と「正しい訓練(最新傾向の答練)」を選んだ人が勝つ、情報戦の側面が強くなっています。
「過去問は完璧にした」という自信がある人ほど、本番の「初見問題」でパニックになりがちです。
今のうちに「失敗」を経験し、修正しておくことが、合格への最短ルートです。

